v.o.c - column vol.13

Vapor On Curry - column vol.13

 

Vapor On Curry不定期コラム「長野ぶらぶら節」第十三回

 

〜 イノベーションとは言うものの 〜

 

 以前このコラムでパンクやヒップホップ、ポップについて触れてきたが、これらについて結論めいた思索が浮かび上がってきたので記しておきたい。

 

最初になぜパンクとヒップホップだったのかという問題があるんだけど、たまたま若い時にそういうサウンドに興味をもって、その後も聞き続けているっていう単に世代的なものなのかもしれなくて、でも深く聞いていくうちにその音楽の成り立ちに独特なものを感じて今もことあるごとにそこに立ち返るってことをしている。

 

考えてみると、パンクっていう価値観が新たに音楽市場とミュージシャン業界に供給されたから自分も自然にそういう音楽を耳にすることができるようになったんじゃないかなと思って、それってヒップホップもまさにそういうことだよなと思った。ただ、その新たな価値観っていうのが従来のミュージシャンにしてみれば、そんなのでお金取れるのか?という脱力するようなものだった。でも大衆に選ばれたことで、従来の音楽市場の中に新しい市場も生まれた。「高い演奏力を必要としないミュージシャン」という職業も生まれた。後は市場のシェアをどう維持していったらいいだろうか?と考えたとすれば、これを音楽業界のイノベーションと呼ばずに一体何をイノベーションと呼んだらいいのかわからない。

 

文化というのは時間の経過とともに残ってきたものだから、基本的に積みあがっていくものだと思う。技術や技法といったものも市場においての成功例の蓄積であって、ある程度後になってみないとはっきりしたことはわからない世界だと思う。何が言いたいのかというと、わかっているということは、経験上わかっているから、わかっているのであって、わかっていることをするということは、時系列でいうと古いことを再現しようとしているということになる。だから、パンクを例にすると、曲をもっと良くしようと思えば、経験的にいくらでも良くすることは可能なわけで、だけどそれによって出来上がったものは従来の価値観に染まってしまったものであって、パンクの要素はあるけれど従来のポップスとどこが違うんだっていうことが起きてしまう。ということは、イノベーションが起きたとしても、それを良くしようとしてしまうと過去の繰り返しになってしまう。新しいテクノロジーが一般に利用されたときに往々にして、「なんか懐かしい……」ってことが起こるのはそれが原因だと思う。

 

「パンクは終わった」

「ヒップホップは終わった」

確かに新しい産業が増えました、ということでパンクもヒップホップも音楽市場にとっては使命を果たし終了したといえる。しかし、それと同じ意味で終わっている音楽は他にもたくさんあるにもかかわらず、なぜかパンクとヒップホップに限って槍玉に挙げられがちなのは、パンクとヒップホップが誕生した背景からいってこれらはイノベーションと切っても切れない関係性にあるからだと思われる。

 

でも考えてみるとイノベーションを占める多くの部分って、誰にでも出来る(あるいは、そうするしかなかった)という意外と残念な結果の方なんじゃないかなと思った。つまり、パンクやヒップホップはどちらかといえばもっと「ダメ」(というか適当というか……)な方向に進んだ方がイノベーションという意味では合ってる。だから、細かい決まりごとがだんだんと増えて、「あれは違う、これは違う」っていうようなことになると「もう終わったな……」ってことになるんじゃないかな?

 

ミュージシャンだったら生理的に良いものを目指してしまうところですが、個人的に音楽を作るとしたらいわゆる「ダメ」なサウンドを開拓せざるを得ないんだと思う。過去には「ウータン・クラン」とか「ギターウルフ」を筆頭に、音が悪いという方向に道を切り開いたあり方というのもあって、そういう「ダメ」な方に一歩踏み外す気概っていうのがこれらのジャンルの本質だったような気がするんだよな。ポップスの歴史自体にそういう側面はあったわけだし。

  

今回はコラム用の写真が送られてきませんでした。)

 
 
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Vapor On Curry(ヴェイパー・オン・カリー)プロフィール:

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:90年代よりヒップホップ、テクノからの影響を受けトラック制作を始め、並行してスラッシュ・パンク・バンドのsynchro9、ポスト・ロック、ポスト・ジャズ・グループの暮シノ手錠などでも主にベースプレイヤーとして活動し、ソロ転向後は長野の裏番的トラック・メーカーとして、チープでオールドスクールな電子ラウンジからグリッチ&ダビーでダウンテンポなトラック・メイキング、さらにはメロディアスでキャッチーな胸きゅん&甘酢サウンドで暗躍する「犀南のJay Dee」と呼ばれるローファイ・トラック・メーカーのVapor On Curry(カレーの湯気)。自身によるレーベルTHOUSAND TUNEも運営。また、長野のネオンホール月報での定期コラムや、松本のイベントnami to kamiでのコラムを不定期で執筆。aotoaoレーベルからリリースされた『casiotone compilation vol.3』においてヒットを飛ばし、2018年末には、これまでのリリース作品を独自にまとめたベスト盤ともいえる『Acceptance』をリリース。続けて2019年夏にはクミン・ウェイヴでトラッピーなトラック・メイキングに加えてスモーキーな独特のフロウスタイルによる自身のラップによる新境地を開拓した新作アルバム『Vapor On Curry』(通称:プリン盤)を発表した。部屋の整理がついたら新しいアルバム作業を再開するつもり。

https://www.youtube.com/watch?v=zsG0p2V5maY